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福岡市早良区「西新の秘密」feat.貝原益軒

2015年08月10日(月)
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早良区役所前。かつての早良郡藤崎村付近です。

江戸時代のガイドブック

福岡の昔の地理について調べるときに、必ずお世話にあるであろう書物があります。
「筑前国続風土記」全30巻、作者は1630年生まれ・福岡藩所属の学者、貝原益軒です。
益軒の代表作として有名なのは「養生訓」なのですが、福岡の各地を自ら歩いて周り書き記した「筑前国続風土記」は、彼のライフワークとも言える大作となっています。
紙の本としてはあまり流通していないこの作品は、中村学園大学のサイトで貝原益軒アーカイブとして公開しているので誰でも読むことができます!ぜひ興味のある方はご覧になってください。

筑前国早良郡紅葉松原付近

現在の早良区の町については、筑前国続風土記の20巻・21巻に書かれています。
益軒の書いた、当時の西新近辺について今回はご紹介しますね。

筑前国早良郡は、北に海、残りの三方を山に囲まれた平らな土地で、早良川が流れています。
かつて橋本村にあった紅葉八幡宮がこの地に移され、毎年9月11日には流鏑馬や猿楽などのイベントが行なわれています。
紅葉松原という名前の海岸が近くにあるのですが、これはかつて蒙古軍との戦いのあった百道原のことでしょう。
以前は荒戸の西から百道原の端までは干潟で不毛な土地だったのですが、博多や姪浜の町人に1件1本松の木を植えさせるように命じ、10年もたったころには大きな松林となりました。
箱崎の千代の松原くらいあるのではないでしょうか。あの有名な生の松原よりも広いんですよ!
唐人町の北から地行のあたりも昔は松原だったのですが、松原の木を切って武士の家を建てて住宅街になったので、今はもうありません。
またこの松原の北に、かつて敵の襲来に備えて作られた石垣がありました。
今は地面を掘り返さないとわからないのですが、まだ残骸は残っていると聞きます。
この土地はほかの海辺の町よりも、特に敵の侵入を防ぐのに力を入れていたみたいですね。

と、このような感じで当時のこと、当時見聞きしたことがいろいろと書かれています。
今回は西新近辺でしたが、次はほかの町についてもご紹介しますね!

執筆者:佐野 亮

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